しばらく重たい話が続きますが、ご訪問ありがとうございます。
管理人のぷくやです。
むぅさんとワンワン泣いて、泣くだけ泣いて、眠ることになりました。
しかし出血が続いていたので、トイレに行ったりナプキンを交換したりして、長い夜になりました。
当サイトは体験記が中心であり病院の治療方針・代金などは参考程度にしてください。
詳しい医学的・薬学的知識や根拠については各自必ず確認を取るようにしてください。
※この記事には出血・流血の描写、流産についての描写が含まれます。ご不快な方・お辛い方は無理せずページを閉じてくださいますようお願いいたします。
第1話はこちら
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胎嚢の行方
今でも申し訳ない気持ちでいっぱいなのですが、私には、どれが胎嚢なのか分かりませんでした。
ナプキンがキャッチしてくれていたのか、便器の中に落ちていたのか、確認できなかったのです。
レバー状の塊はかなりの回数排出されており、それを全て探っていく体力がありませんでした。
頭痛と寒気の中、泣きながら、ごめんねごめんねと言いながらナプキンを替えてトイレを流しました。
私は薄情なんでしょうか。
その時は自分のことでいっぱいいっぱいで。
私は最後まであの子を包んでいた胎嚢を見ることは叶いませんでした。
残った強烈な寒さ
13日に比べて、確かに14日は寒かったんです。
気温が下がってはいました、が。
そんなヒーターつけて布団にくるまらなきゃいけない程の寒さではありませんでした。
自分でもちょっと異常だと自覚していました。
おそらく、一気に大量に出血した事が原因ではないかと推測しています。
出血の仕方
流産したあと、皆さんの記事を拝読して「流産は小さなお産」だと知りました。
ちょっと生理が重くなるくらいなのか、と安易に考えてしまってましたが、無知でしたね。
出血量も、こんなにたくさんの内膜で護っていたんだと考えるだけで目頭が熱くなります。
夕方の出血から、おおよそ6時間程度で一気に排出された内膜。
今思い出してもあの勢いは凄かったです…
起きたら少量の出血のみで、「ああ、出切ったんだな」と思いました。
体調も、寒さ以外は戻りつつありました。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回よろしければまたお会いしましょう。
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